ブラックショールズモデルの公式!!補足

    

ブラックショールズモデルの公式を
理解してる?

  
ブラックショールズモデルの公式 1973年にシカゴでオプション取引所が開設された。それと時を同じくして ブラック-ショールズモデルは同年にフィッシャー・ブラック(Fischer Black)と マイロン・ショールズ(Myron Scholes)が共同で発表したオプションの評価モデルであり、 このモデルを使ってヨーロピアン・コールオプション(満期日にのみ権利を行使できるオプション) の理論値が導出可能になった。 このブラックショールズモデルの公式による、現代金融工学が はじまったといったも過言ではないであろう。

ブラックショールズモデルの公式−ノーベル賞と破綻−


ブラックショールズモデルの公式 の産みの親である、ショールズと数学的な証明を与えたマートンは1997年にノーベル経済学賞 を受賞した。しかしながら、ブラックの方は受賞の2年前に1995年にすでになくなっていた。

上記の2人は、LTCM(Long-Term Capital Management)というヘッジファンドの取締役会に加わっていた。ところが皮肉にも LTCM自体は、 1997年に発生したアジア通貨危機と、そのあおりをうけて1998年に発生した ロシア財政危機が状況を一変させ、アジア通貨危機を見た投資家が「質への逃避」をおこしつつあったところへロシアが債務不履行を宣言し、LTCMもそのあおりを受けて破綻した。 これによりブラックショールズモデルの公式のイメージも相当に悪くなったが、 しかし、ブラックショールズモデルの公式とLTCMの破綻は直接的には関係はない。ただし、やはり数学的に分析されて、証明されていても、前提条件がひっくり返れば、もはや その範疇にはないということは肝に銘じておくべきではあろう。


ブラックショールズモデルの公式の普及−実務適応力−


ブラックショールズモデルの公式は、非常に実務適応力が強く だからこそ、金融「工学」の代名詞ともなったのであろう。 それ以前にも、オプション理論自体は研究されており、 ルイ・バシェリエの「投機の理論」や、サミュエルソンの「ワラント価格評価の合理的理論」 などがあるが、直接、市場では観測ができない変数を前提にモデルが構築されているなど 実務への適応力はなかった。 しかし、ブラックショールズモデルの公式は、その点が全くことなっている。

ブラックショールズモデルの公式は、公式を導くまでは難解な 数学を用いているが、最終的に必要なのは、株価の変動率(ボラティリティ)のみであり その他は、満期までの日数や権利行使価格(事前に決定した価格)等、取引で決めた値 である。株価の変動率は、過去の株価から妥当な推定値が得られ、それゆえ エクセルでも計算可能なわけである。 これが、ブラックショールズモデルの公式が普及した最大の要因であろう。


ブラックショールズモデルの公式の
普及−伊藤の公式とコンピュータ−

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ブラックショールズモデルの公式の普及を影で支えたのは、 伊藤の公式とコンピュータ社会の進捗であろう。 ノーベル賞級の研究に、日本人の功績が入っているということは、日本人にも 大きな希望をあたえ、日本で話題になったのも当然である。

また、コンピューター社会の進捗が背景にあったために ブラックショールズモデルの公式を、為替、債権、金利等 様々な分野に対して応用する研究や、現物、先物を加えた新商品の開発など モデルの試作、検証等が比較的容易になっていたということも、 ブラックショールズモデルの公式の普及が早かった 要因であろうと思われる。


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